◆「プロフェッショナルの知とデジタルエンジニアリング」対談シリーズ

第2回 「グローバルなモノづくり」とは、
世界を見据えた「トータルなモノづくり」と考えよ 後編

ラティス・テクノロジー代表取締役社長 鳥谷浩志氏×レクサー・リサーチ/中村昌弘

鳥谷浩志氏

今回お越しいただいたラティス・テクノロジー(http://www.lattice.co.jp)の鳥谷浩志社長は、日本発のオリジナル3D技術を開発し、設計・製造領域におけるデジタルエンジニアリングの世界をリードしている。とくにXVLという超軽量3Dフォーマットを設計と製造分野に持ち込み、生産現場を変えていこうと日々邁進されている。XVLでは、3次元CADデータを1/100程度のサイズに軽量化できるだけでなく、3D形状に加えて属性情報、構成情報という3次元CADデータに含まれる情報をあわせて表現することが可能だ。そのため設計、製造、生産技術、サービス、調達といった各業務の目的にあわせて3Dデータを有効活用できる。
当社も仮想工程計画・生産ラインシミュレータ「GP4」を開発し、また、最近ではクラウド生産シミュレータ「GD.findi」を展開している。領域は工程設計と少し異なってはいるが、鳥谷さんが開発された技術の素晴らしさや、製造業におけるデジタルエンジニアリングの導入の難しさをよく理解している。こうしたことを背景に議論を進めていきたい。

「捨てるべきもの」、「活かすべきもの」 対談風景その1

中村この対談の最初で、今の日本では新しいアプローチに挑戦するのはなかなか難しいという指摘をさせていただきました。今のお話を伺って、改めて考えさせられるのですが、実際に多くの日本企業は、新しいプロセスを活用して製品を市場に送り出すところまで、なかなか到達できていません。そこの差とは何なのでしょう?

鳥谷今の例でいくと非常に簡単で、日本人がこだわったからですよ。日本人はパーツカタログのイラストの分解図や分解線について、「もっとこのように分解すべきだ」とか「線をもっときれいにこう描くべきだ」というように、必ず手修正を入れるのです。ところが手修正を加えると、パーツカタログ作成が自動化できません。私はドイツのパートナに「ドイツ人はそれでいいのか」と聞いたら「これでいい」と言うわけです。さらにその目的を尋ねると、「部品がわかればいい。なぜ、そんなところの線まできれいにする必要があるのか」と質問されました。そういう考え方が、日本で受け入れられるかどうかは、これからの話ですけれども。

中村そこはいい意味でのこだわりなのですが、逆の意味で言えば、そこで引っかかっているものがあるわけです。捨ててもいいことなのですが、こだわり続けている。良い意味でのこだわりではなく、悪い意味でのこだわり。

鳥谷しかも、こだわっている人が、エンドユーザではなくて作り手なのですよね。エンドユーザはもしかしたら、自分たちが買うものが安くなるのであればこれでいいと言うかもしれないのですが、作り手側が「今まできれいにイラストを描いてきたのに、なぜこんなに簡略化するのか」と、こだわってしまうのです。

中村そういう細やかな部分を追いかけようとするところが日本の強みでもあるわけですが、一方で、切ってしまってもいい部分を切ることができないという日本人特有の行動がありますよね。そういう、追いかけるべきものと、捨ててしまってもいいものを、投資効果のような経済的観点ではなく、エンジニアリング視点で検証できるではないですか。

鳥谷むしろ経営的判断ではないでしょうか。先のパーツカタログのようなシステムを、あるアメリカのお客様で先行的に構築したことがあるのです。そのお客様は、何千社にのぼるユーザに製品を少しずつカスタマイズして届けていますから、自社に現物がありません。そのため、製品に不具合などがあってお客様から電話がかかってくると、何千枚もの図面の中からお客様のものを探し出し、不具合の原因を一生懸命調べていたのです。そこで同社では従来の体制を一新し、サービス担当者が、XVLの3次元データをもとに作成したサービスマニュアルを見て、電話をしながら「この辺を見て下さい」「ここを開けて下さい、こうなっていませんか」「この部品なら今発注します」という対応を行っています。お客様は実物を見ている一方で、サービス担当者はバーチャルモデルを見ながら、サポートレベルを大きく向上させました。今後は、そういうサポートに課金するなどの新しいビジネスに挑戦する視点が必要かもしれません。

中村XVLに力や可能性があるからですね。

鳥谷ありがとうございます。お客様も工夫次第で、いろいろな価値を生み出せるという点が重要です。

中村それがXVLの素晴らしい点ですね。XVLならデータのサイズを気にせず、お客様が持てるデータを活用できますが、一般的な技術ではそうではなく、どこかにスレッシュホールド(threshold)、つまり論理的な閾値があるはずなのです。データ入力の精度とか、粒度と言ってもいいかもしれませんが、どうしてもそこにこだわってしまう部分がありますね。

鳥谷まさに、軽量で高品位のモデルが保持できるところがXVLの最大の特徴です。

中村実際に今動いているラインや製品の設計について「このままでやっていかなければならない」という、ある意味でのこだわりを、どうしても言いがちですね。でもそれでは、システム全体を系として見たときに、効果がないものを入れてしまうことになります。そのあたりの判断力、もしくは論理思考能力が弱いのではないかという気がしますね。

鳥谷なるほど。

中村職人芸ではなく、あくまでエンジニアリングの世界ですからね。グローバルの意味を「世界」ではなく「トータルなモノづくり」だと考えたときに、論理思考の視点が必要になります。そういう論理思考と、日本人がずっとこだわってきた現場思考を融合させていくというアプローチが必要だと思います。これは決して、現場思考は不要で論理思考だけでいい、ということではありません。現場思考にこだわっていては出口がない一方、論理思考だけでは日本の強みを活かせません。どちらを捨てて、どちらを取るかということではない、というメッセージを発信していくことができればと、つねづね個人的には思っているのです。

鳥谷当社の製品の中に、3次元データからイラストを作る「イラスト作成オプション」というソリューションがあるんです。取扱説明書にもサービスマニュアルにもイラストが数多く入っていると思いますが、今まではそういうイラストを、実像を見ながらテクニカルイラストレーターが手で描いていました。ところが3次元データを使うと、全自動でイラストが作成できるので、経費が圧倒的に下がるのです。あくまで作業が理想的に進めば、の話ですが。ところが、実際にこういうソリューションを現場に持って行くと、「イラストを描いて生計を立てている人たちをどうするのか」という話になるわけです。

中村そういう人たちがいますね。

対談風景その2

鳥谷たしかにそういう人たちが手で描いたイラストのほうがわかりやすいし、品質の高いものができているのは事実です。でも、モノがわかればいいというレベルなら、3次元データから自動的に作成した画像でも十分なのですし、コストもはるかに安い。そこでどちらを選ぶのかという話になると、やはり経営判断になると思います。3次元データでやると決めたらイラストを描いていた方々には新たな価値を持ったマニュアル作成というより創造的な仕事に取り組んでもらえばよいでしょう。

中村つまり、企業のあるべき姿というか、戦略が問われることになると思うのですが、そういう局面が、今後どんどん出てくるでしょうね。

鳥谷そうですね。あるお客様では、思い切って、イラストは全部XVLを利用して作ることに決めました。ところが実際にそれをやってみると、問題が数多く起こるんです。たとえば、製品の3次元データが全部揃うとは限らない。サプライヤから調達した部品に3次元データがないということはよくあるからです。そうなると「3次元データの充足率は70パーセントぐらいしかありません。したがって、効果はこれぐらいしか出せません」ということになるわけです。そのため3次元データがない部品をどうするのか、手で描くのか、というように問題がたくさん起こるのです。

中村そうでしょうね。

鳥谷でも結果的にそのお客さまがどうなってきたかと言うと、3次元データがない部品については少しずつ設計部門でデータを作成するとか、提携部品の3次元データは購入担当部門で用意する、などの対応を行って、3次元データの充足率がどんどん向上しました。その結果、「だったら、こういうところでも3次元データが使えるじゃないか」という形で、デジタルエンジニアリングのスキルが高まっています。設計主導ではなく、後工程から「3次元でデータを持ってきてくれ」と設計に要求していくという形で、3D化が進んでいるのです。

中村後工程から変わっていくというところが、素晴らしいと思います。XVLの効果を体感し、真の価値を理解したうえでの要求になってくるわけでしょうから、後工程から要求が上がってくることには大きな効果があります。たとえば、手でイラストを起こしていた人たちが、これから新しい技術にキャッチアップしていくという意味でも。

鳥谷その通りなんですよ。

中村本来はセーフティーネットも考えていかないといけませんが。

鳥谷まさに今、それを提案しています。イラストを手で描いていた方が、アニメーションを定義するなどの仕事をしていくことで、3次元データを活用した次世代のマニュアルをiPad向けに発信しようといった動きです。

中村今後そういう課題が、いろいろな領域で出てくると思います。デジタル化するということは、必然的にそういう部分を伴いますから。

「知」の共有・活用で新しい価値を生むために 対談風景その3

中村最後に、日本のモノづくりはいま「踊り場」にあるのではないかと私は考えています。今後の状況はけっして難しいとは思いませんが、自動車、家電、重工系などの領域によっても、各企業の対象とする市場によっても、まったく状況は違うので、答えは1つではないと考えています。一方、日本のモノづくりをここまで高めた力やエフォート(effort)には、1つの考え方が背景にあると思います。とはいえ、日本のモノづくりは、このままでは世界に立ち向かえない状況に陥るということも、間違いありません。こういう中で、今後の日本のモノづくりはどうあるべきなのかという点について、お話をお聞かせいただければと思います。

鳥谷難しいテーマですね。冒頭にも申し上げたように、日本は製品寿命が長くてかつセミカスタマイズ型、つまり大量製生産しない製品、たとえば社会インフラがその典型ですが、そこに特化していくべきでしょう。仮にその製品の寿命が30年とか50年なら、その間ずっとデジタルエンジニアリングが製品を支え続けるといビジネスモデルを構築し、メーカさんはサービスで収益を上げ、われわれITベンダとWin&Winできる絵が描けたら素晴らしいなと考えています。先ほど申し上げた3Dモデルを活用したサービスマニュアルが1つの例になりますね。

中村基本的には、今の基盤をいかに支えるかが1つの方向だと思います。それ以外にもチャレンジングな動きがあると思いますが、日本のモノづくりの足下をしっかり固めて、日本が強い領域をさらに強固にしていくというアプローチが当然必要ですね。そのときにデジタルエンジニアリングが有効に…。

鳥谷使えるんじゃないかと思いますね。

中村まさしく、それは間違いなくやっていかなければならないことです。とくに、かつてEMS(電子機器の受託製造)で日本のモノづくりが中国や台湾などに出て行きましたが、為替の動向も含めて市場が変わりつつある中で、日本企業がEMSで海外に吐き出してきてしまった量産体制も、少し分極化してきています。具体的には、大量生産で本当に海外で生産したほうがよいものと、多品種少量に落ち着くところに分かれてきていると思うのです。今後、EMSで海外に出ていた部分でも、日本のモノづくりの国内回帰が始まるでしょう。

鳥谷日本版のEMSメーカの存在感も徐々に高まっていますね。

中村日本版のEMSメーカは昔からあったのですが、今後の日本のモノづくりを支える1つのあり方としても意味があると思います。今、申し上げたように、製造業の国内回帰が始まりつつありますが、とくに超円高時代にはそもそも国内でモノが作れなかったわけですからね。その点で、今後オフショアからニアショア、そして国内EMSへと変化していくと思われる日本の新しいモノづくりに対応していく必要があるでしょう。XVLとともに今後、発展していかれる御社にも、ぜひご支援をいただければ幸いです。

鳥谷一緒にできることがあると良いですね。あと2、3、言い残したことを話してもいいでしょうか?

中村どうぞ、どうぞ。

鳥谷社会インフラをデジタルエンジニアリングで支援しようと思うと、課題が3つ出てくると思います。1つは先ほどもお話ししたようにデータが間違いなく大規模になること。第2に、橋梁やビルもしくは船など製品寿命の長いものを扱おうとすると、現地現物をモデル化しないといけなくなる。ここにバーチャルとリアルを統合する必要が出てきます。そして第3に、BIM(Building Information Modeling)です。BIMは、国交省が推進している、建物に関するあらゆる情報を3次元モデルに統合するソリューションで、いわば建設版のPLM(Product Lifecycle Management)。今われわれが取り組んでいるテーマの1つが、このBIMデータをXVLに変換すること、これもほぼできあがったところです。これによってBIMデータとPLMの統合・融合ができる、そうすれば、また新しい価値を提供することができるようになると、まさに今チャレンジしているところです。

中村そこは手つかずの部分ですよね。土建・建築業界はCADで設計していますが、分野ごとに管理がバラバラですから。躯体系と設備系と、あといくつかありましたよね。

鳥谷意匠と設備と構造。それを全部、統合しようと思うと、当然、大規模モデルになるわけです。実際、既存の建物の中に新しい設備を導入するような、PLMとBIMの別のCADモデルを統合したいという話があちこちで出てきているんです。

中村最近では、マンションのリニューアルの話も始まっています。

鳥谷リフォームやリノベーションでも、バーチャルとリアルの融合が重要な意味を持ってきます。

中村そこではアーカイブの再興、再活化というか、データ資産を活かす仕組みがどうしても必要になってきますよね。

対談風景その4

鳥谷その通りです。点群計測がもっと廉価にできるようになると、たとえばシステムキッチンをリフォームする際、キッチンを3次元スキャンして点群化すれば、新しいLIXILのキッチンを入れてみようとか、TOTOのキッチンを入れてみようというようなシミュレーションも可能です。今では点群モデルを画面上から消すことができるので、そこに新しいキッチンのモデルを入れ込むこともできます。そうすると今度はプレゼンテーションやプロモーションにも3次元モデルが使えるようになるので、さらに製品のライフサイクル全体で、3次元モデルを活用できるようになると思うのですよね。

中村なるほど。それはある意味で、日本のモノづくりの中で育まれたXVLなり、その活用モデルを、製造領域外に展開していくということでもありますよね。

鳥谷そういう方向も目指しています。

中村われわれのデジタルエンジニアリング技術も、日本のモノづくりが育んだアウトカム(成果)だとすると、それをうまく活用することは、日本のモノづくりにおける1つの大きな成果につながると思いますね。

鳥谷その意味ではもう1つ。アメリカではジョブ・デスクリプションというのがあって、製造業でも設計部門と製造部門のすべき仕事がはっきりと分かれています。このため、設計部門からトップダウンで指示が下りてきて、作業員はその通りに作っていればいいというカルチャーがあり、設計と製造がほとんどコラボレーションしていないように見えます。ところが日本では逆に、生技や製造部門が強いケースがあって、「こういう設計では駄目だ」と設計部門に直言さえするわけです。ここが日本の強さだとするなら、そういう部分を支援するITがあっていいのではないかと考え、われわれはさらに取り組みを強化しています。

中村まさしくそこは完全に同意です。ある意味でそれは、日本のモノづくりが生み出した知ではないでしょうか。その知そのものが、私は日本のものづくりが生み出した成果だと思うんですね。

鳥谷さらにもう1点、「プロフェッショナル、知の共有」というテーマについて3つお話してもいいでしょうか。

中村はい。

鳥谷まず、知の共有の前に正しい情報共有をしなければいけません。そこでよく問題になるのが設計変更です。XVLで作業指示書や取説を作ったときに、設計変更が起こると、何が正しいのかわからなくなってしまいます。そこで「この現在のデータが本当に正しい最新のデータか」とか「設計変更に追従して、工場に正しい指示書を送れるようにして欲しい」というご要望があり、そこが今問題になってきているのです。そこでわれわれは「XVL Contents Manager」というコンテンツ管理システムを開発しました。一般に製品開発の上流工程にCADやPDM(Product Data Management)、PLMがあるわけですが、そこで生じた設変に追従し、XVLファイルとXVLから派生してできた作業指示書などのコンテンツを自動的に管理しようという仕組みです。正しい情報を後工程に流し、正しい知見を作り、正しい情報共有を実現しましょうということに今取り組んでいます。

中村それはPLMと連携して動くのですか?

鳥谷完全な連携まではしませんが、PLMから設計変更したという情報があれば、自動的にXVLデータを受け取り、そこから先に自動的に反映されるシステムです。先ほども申し上げましたが、PLMがどんどん進化し、CADデータを設計部門で管理するというところまでは来ています。ところが、そのデータを全社で管理するとなると、各部門で情報の構造が違っていて大変です。そういうことを踏まえて、作業指示のために「XVL Contents Manager」を扱う部門があったり、取扱説明書のコンテンツマネジメントをする部門があったりという形で、分化して情報管理をしっかりやっていこうという考え方の企業も出てきています。

中村それぞれの部門での適用がわかっている立場でなければ、運用ができないということですね。

鳥谷その通りです。2番目ですが、開発はSCSKさんが手がけたのですが、トヨタさんのOBの方と組んで「CKWeb」という製品開発に協力しました。これは何かと言うと、ナレッジを3Dデータと紐づけて「見える化」しようというもので、1番わかりやすいのがデザインレビューの例です。製品を設計する際、デザインレビューをして、現在の形状で起こっている問題を、全部3次元データと紐づけて管理していくのです。紐づけた事柄に対して、誰がどういう基準でどう判断をして、どうアクションするのかというログを全部記録します。すると次の担当者が異動してきたときにも、この部分でいつどんな問題が起き、そのときはこの室長がこんな理由でこういう判断をしたという記録が全て残っているわけです。そういう情報を共有することによって、同じような間違いを減らしていこうというアプローチを今進めています。

中村そうなんですか。

鳥谷これはトヨタさんのOBの方が設立したデジタルコラボレーションという会社と一緒にやっているのですが、完全に言葉を統一していくのです。言葉の定義を厳密にして、言葉も統一して情報を入力すれば、同じ問題が必ず見つかりますし、同じ言葉で正しい検索結果が必ず得られるはずです。きちんと知を管理できるところであれば、こうしたアプローチで3次元データの中に知識を見出すことができるようになるのではないかと考えています。

中村鳥谷さんは言葉とおっしゃっていましたが、データの同一性を保証していくことは重要ですね。というのもリアルも含めて、現場活動の中で思いつきのデータや発言が意外に多いのです。言葉が揺れてしまうと、何のことを言っているのかわかりません。違うことを言っているとか、話し方は違っていても、じつは同じことを言っているということになると、標準的な評価視点が生まれずに属人的になってしまいます。そういう点が現場活動における大きな課題で、そういう仕組みがあることによって、体系的な運用が可能になっていくわけですよね。

鳥谷そうなのです。実は、最後の3番目の話ではこの同一性の問題を真逆に解決しようとしています。図研さんが開発した「Knowledge Explorer」という製品です。ナレッジを3次元データと紐づけて管理するというやり方は、確かに知識を整理する体力がある会社ではいいのですが、多くの会社では議事録をエクセルやワードで書いてあったり、ミーティングで配布された資料がそのままの形で流れていたりと、バラバラの情報になっています。言葉の定義も異なり、情報を整理している暇もなく仕事に追われているのが実態なので、システムを導入してもなかなか使われません。そこで、社内外の関連情報を日常に収集してシステムで加工し、必要な情報を利用者にプッシュ配信するのです。製品の設計担当者には「関連する製品で、こんな問題が以前に起こっています」とか、ある部品について「値段は今これぐらいです」といった情報を、社外のWebと内部の議事録から蓄えておき、必要に応じて配信しようというのが「Knowledge Exploler」のコンセプト。こうした真逆の2つのアプローチを、今トライしているところです。

中村ア・プリオリ(先験的な)とボトムアップという2つの対照的なアプローチですね。「Knowledge Exploler」ではデータマイニングも行うのですか?

鳥谷そうです。データマイニングもしっかりやっています。

中村検索のためのハッシュテーブル、いわば「ナレッジ・ハッシュテーブル」のようなものがあって…。

鳥谷そうですね。たとえば設計担当者も、何か情報があることは知っていても、忙しいから見ている暇がないという状況だと思うのです。そこでデータをある程度整理してあげて、「以前にこの部品ではこんな問題が起こっています」という情報をプッシュでどんどん提供していく。手間をかけずにナレッジを共有する仕組みです。

中村やはりデータ量が膨大だと、手の着けようがないですから、ナレッジの糸口だけでも出てくるとありがたいですね。もちろん完全な形では難しいですが、個々の人間が手の届くところにナレッジを持ってこなければ、人の力を発揮することはできません。ITツールとは、1人ひとりの人間が手の届かないところにあるデータを、引き寄せてくるものだと思うのです。そういう形で、上から下から、右から左から多次元にわたり、新しい動きが進みつつあるということですよね。

「格差社会」を是正するのは製造業の役割

鳥谷最後にひと言だけ、いいでしょうか。この正月にインフルエンザにかかり、どこにも行けなかったんです(笑)。仕方がないのでAmazonでトマ・ピケティの『21世紀の資本』を購入し、600ページをひたすら読んでいました。

中村聞きました。この対談がどうなるかと思って、心配していたんですよ。

鳥谷この本には、資本収益率が経済成長率よりも高いということは歴史的な必然である、と書いてあるんです。つまりビル・ゲイツのような大金持ちは、お金を運用するだけでどんどん収益を得られる一方、普通のサラリーマンは経済の成長率と同じ程度にしか昇給しないはずなので、格差がどんどん広がっていくということ。その結果、このまま放っておけば、21世紀には世界的にどんどん格差が拡大する、というのがこの本の骨子です。

中村なるほど。

鳥谷その中に気になる箇所がありまして、ピケティは、生産技術の進歩は人的な技能を必要とし、教育によって高い能力を得た人は所得が増えるので、格差が減る方向に行くはずだ、と書いているのです。ところが、その一方で彼は、そんなものは空想だと述べています。彼の考え方にはかなり欧米社会の現状を踏まえたもので、アメリカの金融業などのように、経営者が何十億円という巨額の報酬を得て、異常な格差が生じている社会を前提にしていします。ところが日本はそこまで格差は広がっておらず、比較的まだ平等な社会だと思うのですね。ここで話を戻すと、ピケティは、格差社会を是正する一つの手法に教育がある、と言っているわけですが、それを製造業において空想ではなく現実にすることに貢献することが、われわれのデジタルエンジニアリングの役割ではないかと思うのです。

中村彼は日本の製造業を知らないからですね。生産技術の進歩は間違いなく価値を生み出す源泉のひとつですが、その価値化の活動はヨーロッパやアメリカではなく、この日本で実現してきているのです。ピケティは経済学者ですから、経済学者というものは過去の外形的な現象が分析対象です。生々しい価値を生む現場を体験しているわけではないのです。かつてスタン・リーに「スマイルカーブ」と言って揶揄された生産プロセスではありますが、ソニーの中村研究所の中村さんはそれに真っ向に対抗して、「ムサシカーブ」、つまり、生産プロセスから価値を生み出すということを主張されていました。この価値を生み出す活動を我々は忘れてしまってはいけません。

対談風景その5

鳥谷ええ、そうだと思います。彼はフランス人ですから、同書にはフランスとアメリカ、イギリスの話が結構出てくるんです。それにくらべれば日本はまだ平等な社会です。先ほどアメリカの製造業には、設計部門と製造部門に明確な役割分担があると言いました。そこにはまるで身分や階級の差があるようにすら感じます。これとは逆に、日本の設計と製造現場の関係も比較的対等です。そういう組織の平等性も活かしつつ、日本企業の生産技術における進歩を、われわれがITで支援していけたらと思います。そうした中で、人的な能力が向上し、各人が身につけた高い能力が所得の拡大につながり、格差が是正されていくという理想的な社会を、製造業の発展を通じて実現するという取り組みを、中村さんとともに進めていくことができたら嬉しいですね。

中村はい、そうそうですね。是非、日本発のオリジナルのデジタルエンジニアリングを展開する立場として、我々が力を併せていくことが重要と思います。これからもよろしくお願いします。今日は本当に幅広く、そして深い会話を交わさせていただき、とても楽しかったです。

鳥谷こちらこそ、楽しかったです。有難うございました。

中村有難うございました。

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取材・構成 ジャーナリスト加賀谷貢樹

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